第125話 暖かさの裏に


こんにちはっ



ゆうなです!



私は生まれも育ちも沖縄県です。



沖縄は約140年前まで、琉球王国という国でした。



今になってから疑問に思いますが、



学校などで琉球の歴史を学んだことがありません。



学んでいたのは日本の歴史でしたが、



琉球には弥生時代も平安時代もありません。



そんないプロジェクトに入ってから、メンバーやリスナーさんなど県外の方と関わるようになって、しっかり自分の生まれた地域の歴史を知ろうと思い、本などを買って独学で勉強するようになりました。



琉球というひとつの国が、どのようにして日本になったのか。



「江戸時代に薩摩藩に侵攻されたから」



日本史を知ってる方ならそう思うでしょう。



けれど、実際は少し違うようです。



琉球は薩摩侵略後も、王国という地位を保ち、



王様もいましたし、中国と「朝貢」と呼ばれる貿易も続いていました。



同時日本は鎖国まっただ中の江戸時代。



海外の情報は琉球を通して行っていたため、横柄な態度は出来ませんでした。



薩摩が駐留していることが明らかになると、中国との関係が崩れてしまうため、中国使節団が琉球へ入ると、薩摩の役人は隠れていなければならず、肩身の狭い身分だったようです。



立場が大きく変わったのが、明治維新以降です。



明治政府が琉球の使節を東京に呼び出します。



そこで、薩摩藩が課した琉球への税の軽減、奄美諸島返還の代わりに、琉球藩を設置することを告げられます。



廃藩置県後になぜ琉球藩なのか、疑問に思いながらもその時は



事の大きさに気づいていませんでした。



その後、藩を解体し、首里城が明け渡され、



国王は東京へ連行、土地と国民は政府に引き渡されました。



もちろん、王国を救おうと頑張っている人もいましたが、



日清戦争で中国が日本に負けてしまうと、後ろ楯を失ってしまった琉球は次第に衰退していきます。



こうして、日本の法律がされ、日本の軍隊が置かれ



第二次世界大戦では、一般市民を巻き込む地上戦が行われました。



6月23日は、沖縄戦を指揮した牛島大将が自決し、



組織的戦闘が終わった日で、沖縄では慰霊の日と呼ばれています。



沖縄県民にとって、とても特別な日です。



戦争については、辛く苦しく、目を背けたくなりますが



事実を知らずに賛否を語ることはできません。



沖縄県外のみなさまもこの一日だけは、



平和について少しだけ考えて欲しいと思います!





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誠に申し訳ございませんが、次回はお休みさせて頂きます。







文)そんないプロジェクト ゆうな

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