第110話 決意を新たに


こんにちはっ



ゆうなです!





あけましておめでとうございます!



年末年始は仕事が忙しく、長らくお休みを頂いてしまいました。



今年も、そんないブログを宜しくお願いします☆





さて、ブログのタイトルにもなっています



「決意を新たに」なんですが、



そんないプロジェクト年始特番 でも話にあがった新番組!



配信実現に向け頑張りますっ





という決意と、もうひとつ…





今年は勉強をする時間を作って、



自分のスキルを上げたいと思っているのです。





勉強の内容は、語学だったり沖縄のことだったり、



美術に関することをやっていきたいと思っています。



独学ですが、週に一回でも時間を作って、実践することが大事ですよねっ





そう考えるきっかけになったのは、



沖縄の歴史に関する本を読んでいる中で、「琉球」の時代に



通訳として活躍していた人物がいたのを知ったからです。





1816年に琉球を訪れたイギリス人バジル・ホールの著書、



『朝鮮・琉球航海記』には、二人の琉球人が英語を学んでいる、



という記述があるようです。



ここで登場する二人を紹介します。



真栄平房昭(まえひらぼうしょう)と安仁屋(あにや)



という人物で、王府の指示で通訳の役職につきました。



バジル・ホールが琉球を訪れた時は、英語を話せる人がいなかったので



イチからのスタート、ということになります。



真栄平はのちに英会話の本を作りました。



また、安仁屋から英語を学んだ牧志朝忠(まきしちょうちゅう)



という人物は、日本へ向かう前に琉球を訪れたペリーと



交渉をすることになります。



真栄平たちは身ぶり手ぶりで、



指をさしながら言葉を確認していきました。



今考えると途方もない作業ですが、



なんと数日もすると、簡単な会話ができるようになったようです。



真栄平は言葉を学ぶため、イギリスの物事や習慣にも



興味を持つようになっていました。



語学の才能とその熱心な様子を見て、バジル・ホールは真栄平に



一緒にイギリスへ行こうと誘います。



しかし王府から与えられた大事な通訳という役目、



家族と離れなければならないという理由で、真栄平は断ります。



もし、イギリスへ行っていたら



世界で活躍した琉球人として名を馳せていたかもしれませんね!





話を、私の決意に戻しますと…



現代は、語学の本もすぐ手が入りますし、



検索すれば発音だって調べることができる…。



こんな環境にいるのに、動かなければ勿体無いと思ったんですね。





そんな、今年の目標でしたっ ^_^





いかがでしたか?



今回はこの辺にしたいと思います!



皆様からのご意見ご感想など



メールをお待ちしております☆



blog@0438.jp



こちらまで!



それでは皆様、また来週……







文)そんないプロジェクト ゆうな



1 Comment

  1. マシュー より:
    無駄な改行なくしてほしい。